東京優駿 単語


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トウキョウユウシュン

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その戦いに勝てれば、
辞めてもいいというジョッキーがいる。
その戦いに勝ったことで、
燃え尽きてしまったもいる。

その戦いは、達を、熱く、熱く狂わせる。

勝負と誇りの世界へようこそ。

ダービーへようこそ。

JRA 2013年度日本ダービー 第80回開催記念CMよりexit_nicovideo


3歳限定クラシック競走・競馬の祭典
東京優駿(日本ダービー)
GI東京競馬場・芝2400m



2010年 東京優駿(第77回日本ダービー)
優勝:エイシンフラッシュ 騎手:内田博幸

曖昧さ回避 この記事では実際の競馬競走について記述しています。
この競走を元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するレースについては
東京優駿(ウマ娘)」を参照して下さい。
また、大井競馬場で行われる東京ダービーは別の競走です。

その年の3歳サラブレッドチャンピオンを決める日本競馬伝統の競走、それが東京優駿である。
JRAによる重賞競走の格付けはGI。施行条件は3歳限定、斤量定量、東京競馬場芝2400メートル
競馬の祭典」と呼ばれ、これまでに数々の名勝負が繰り広げられ、多くの名が誕生した。 

概要

イギリスダービーステークス(エプソムダービー)をモデルとして1932年に創設された、目黒記念と並び日本競馬で最も長い歴史を持つ競走である。『日本ダービー』の別名でも知られており、1950年からは正式に副称として採用されている。

皐月賞菊花賞と合わせた『クラシック三冠競走』の2走にあたり、いわゆる『八大競走』の一つにも数えられる。

沿革

日露戦争後の日本は軍育成のため産を奨励し、その一環として競馬を開催していたが、1908年(明治41年)に馬券発売が禁止され(この辺りの世相については"馬券"の記事も参照されたし)、競走馬の需要が減。大正時代になるころには産地は大不況にあえぐことになった。東京競馬楽部会長安田伊左衛門は、そうしたからの要望を受け、産の奨励とするべく、英国ダービーを参考に以下の条件を満たす大競走を構想した。

  1. 4歳(現3歳)の最高の試験であること。
  2. 競走距離が2400m、又は2400mに限りく近いこと。
  3. (開催で催される競馬の)最高の賞金額を設定すること。
  4. 2歳(現1歳)から4回の出走登録を出走資格の条件とすること。
  5. 負担重量馬齢重量とすること。
  6. 施行時期は原則的に季とすること。
  7. 以上1から6を満たす競走は内において本競走のみとすること。

そして1930年に発表・特別登録開始となったこの競走は、今日の東京優駿まで続く「東京優駿大競走」として1932年に第1回が開催された。それまでの最高賞金の約4倍にもなる破格の賞金と丁度やってきた回復が絡み合い、産需要は回復安田の狙いは大成功を収めたのであった。

当初は東京競馬場の前身である目黒競馬場にて開催され、1934年の第3回からは現在東京競馬場に移転し、以後一貫して同地で行われている。数ある他のGI競走とは異なり、東京競馬場の改修工事が被っても開催日程を変更して対応するため、開催コース及び距離が変更されたことはない。

上記条件で「の~」と記されているのは繁殖用選抜の意図によるもので、繁殖力を持たない騸馬を除外するための条件設定である。この意図は今も残っており、現在の出走条件にも「性不問」ではなく騸馬出走不可を意味する「限定」が明記されている。
ただし出走自体は可についても、限定戦の優駿牝馬(オークス)1938年に創設されたため、力差のあるとも競わねばならない当競走を選択する営は少ない。当競走の長い歴史の中でダービーとなったのは、戦前ヒサトモクリフジ戦後ウオッカ、ただ3頭のみである。

なお、中央競馬クラシックGI競走では出走地に文字のゼッケンが装着されるが、東京優駿では地に黒文字のゼッケンが装着される。金色の縁取りと「第〇〇回日本ダービー」の記載が入っている所が、一般競争のゼッケンとの相違点である。

日本ホースマン達の夢 ~ すべては、この熱き日のために。

世界競馬レースにも、英ダービーを元とした格式高いレースが存在している。しかし日本における「ダービー」は、他とは一段違う重要度で扱われている。日本競馬サークルの1年は日本ダービーを制するためにある」といっても過言ではなく、それを徴する表現として「ダービー大晦日で、その翌日が元日」という言葉がある。

日本で最も優秀な繁殖用を選定する」という名で計画されたこのレースによって、日本競馬界は自然と「東京優駿で勝てるを生産する」ことを標とするようになっていった。日本ダービーは「強いを生産・育成・調教する選抜サイクル」を日本で初めて明確に示したのである。それこそが「ダービー」「ダービージョッキー」「ダービートレーナー」「ダービーオーナー」「ダービーブリーダー」の称号の価値を類なく高める要因となったのだ。

式でウィナーズサークルに集まった会員さんの顔を見ると、
皆、ダービーオーナーになった感で泣いている
この方達と、ダービーを勝つ喜びを共有できた、
本当にいい提供できたと思うと、私も自然が止まらなくなりました

吉田善哉社台レースホース代表・1986年ダイナガリバーで制覇)

自分の今まで積み重ねた勝利全てと引き換えにしてもいいと思うほど、
ダービージョッキー」の称号が欲しくて欲しくてたまらなかった

武豊騎手1998年スペシャルウィークで初制覇)

ダービーを勝ちたい」なんて軽々しく口に出して言えない
ダービーにはそれだけの価値がある

池添謙一騎手2011年オルフェーヴルで制覇)

だ! が勝ったァ!!奮のあまりコース乱入してと並走しながら)

石田健一(厩務員・1969年ダイシンボルガードを担当)

時は流れ、産体制、流の血統、競走形態など、様々な環境が移り変わってきた現代では、ダービーを勝っても安定した種牡馬入りが確約されるわけではなくなり、必ずしもすべてのダービーすとは限らなくなった。賞金額もはるかに後発のジャパンカップ、更には有馬記念にも上回られている。しかしそれでもなお、日本ダービーを制することは日本競馬界における最高の栄誉であり続けている。

競馬関係者の総決算たる「ダービー・デー」は、ファン舞台である有馬記念と同じく、競馬場が独特の熱気に包まれる。閉幕後は、開催日の最終レースとして日本最古のハンデキャップ重賞目黒記念(GII)が行われ、ダービー・デーを締めくくるのが定番となっている。ダービーで大敗した馬券師は「この後あすなろ賞や九州優駿賞もあるし、そもそも21時前の高知ファイナルレースまでダービー・デーは終わってねぇんだ!」として最後の勝負に出るわけである。なお2025年仏ダービーことジョッケクルブ賞も日本ダービーと同日開催です(日本時間23時ごろ発走)

そしてその翌週から、また来年の日本ダービーをす2歳たちのデビュー戦が始まるのである。

レース傾向

正面スタンド前から発走し、350mほど直線を走って1コーナーに入る。向こう正面の緩やかなアップダウン・3コーナーの大欅を回って、スタンド525mの直線・最終コーナーから緩やかな上り坂を登り、ラスト1ハロン強が坦。ペース均~ややスローで流れるレースが多い。2400mを走りきるスタミナだけではなく、上がり勝負に対応できる発力・スピードめられる、まさに"総合力"を問うコースを走る。そのためか、低人気を開けることは少なく、上位人気が順当に勝つことが多い。

1991年までは20頭をえる多頭数で開催されることもしくなく、大外や後方待機勢にとっては苦しいレースであった。「勝利のためには10番手以内につけるべし」という金言はダービーポジションと呼ばれ、今もその名残がある。

92年以降はフルゲート18頭に制限され、順の有利不利はある程度落ち着いたものの、2002年東京競馬場改修以降は「一桁番の」か「4コーナーを一桁番手で回って来た」の勝率が非常に高く、明確に内先行有利の傾向になっている。特に仮柵をダービー週から移動するようになった2009年以降では、1が11年間で5勝している。
また、2歳GI皐月賞に至るまでのクラシック戦線を好走してきた達と、そうした達の後を追ってダービートライアルで出走権を確保してきた達とは結果に開きが出ることが多い。皐月賞組はいうちから重賞戦線で勝ち負けできるだけの実力と経験を備えており、更にベテラン騎手継続して上を務めていることが多い点がしているのだろう。

余談

主な前走・前哨戦

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 間隔 優先出走権
皐月賞 GI 中山競馬場 2000m 6週 5着内
青葉賞 GII 東京競馬場 芝2400m 5週 2着内
プリンシパルステークス L 東京競馬場 2000m 4週 1着
京都新聞杯 GII 京都競馬場 2200m 3週
NHKマイルカップ GI 東京競馬場 1600m 3週

歴代優勝馬

  • 回数についているリンククリックすると該当する動画に飛びます。
  • 馬齢表記は現行表記に統一。
  • 馬場欄は良馬場を示す。
  • 競走名は第1回から第6回まで「東京優駿大競走」、第7回から第14回まで「東京優駿」、第15回から第16回まで「優駿競走」、第17回から第30回まで「東京優駿競走」(日本ダービーの副題がつく)、第31回以降は「東京優駿(日本ダービー)」。
回数 開催日 競馬場 距離 馬場 優勝 性齢 頭数 勝利騎手 勝ち時計
第92回 2025年6月1日 東京 芝2400m クロワデュノール 3 18 北村友一 2:23.7
第91回exit_nicovideo 2024年5月26日 東京 芝2400m ダノンデサイル 3 17 横山典弘 2:24.3
第90回exit_nicovideo 2023年5月28日 東京 芝2400m タスティエーラ 3 18 D.レーン 2:25.2
第89回exit_nicovideo 2022年5月29日 東京 芝2400m ドウデュース 3 18 武豊 R2:21.9
第88回exit_nicovideo 2021年5月30日 東京 芝2400m シャフリヤール 3 17 福永祐一 2:22.5
第87回exit_nicovideo 2020年5月31日 東京 芝2400m コントレイル 3 18 福永祐一 2:24.1
第86回exit_nicovideo 2019年5月26日 東京 芝2400m ロジャーバローズ 3 18 浜中俊 2:22.6
第85回exit_nicovideo 2018年5月27日 東京 芝2400m ワグネリアン 3 18 福永祐一 2:23.6
第84回exit_nicovideo 2017年5月28日 東京 芝2400m レイデオロ 3 18 C.ルメール 2:26.9
第83回exit_nicovideo 2016年5月29日 東京 芝2400m マカヒキ 3 18 川田将雅 2:24.0
第82回exit_nicovideo 2015年5月31日 東京 芝2400m ドゥラメンテ 3 18 M.デムーロ 2:23.2
第81回exit_nicovideo 2014年6月1日 東京 芝2400m ワンアンドオンリー 3 17 横山典弘 2:24.6
第80回exit_nicovideo 2013年5月26日 東京 芝2400m キズナ 3 18 武豊 2:24.3
第79回exit_nicovideo 2012年5月27日 東京 芝2400m ディープブリランテ 3 18 岩田康誠 2:23.8
第78回exit_nicovideo 2011年5月29日 東京 芝2400m 不良 オルフェーヴル 3 18 池添謙一 2:30.5
第77回exit_nicovideo 2010年5月30日 東京 芝2400m エイシンフラッシュ 3 17 内田博幸 2:26.9
第76回exit_nicovideo 2009年5月31日 東京 芝2400m 不良 ロジユニヴァース 3 18 横山典弘 2:33.7
第75回exit_nicovideo 2008年6月1日 東京 芝2400m ディープスカイ 3 18 四位洋文 2:26.7
第74回exit_nicovideo 2007年5月27日 東京 芝2400m ウオッカ 3 18 四位洋文 2:24.5
第73回exit_nicovideo 2006年5月28日 東京 芝2400m 稍重 メイショウサムソン 3 18 石橋 2:27.9
第72回exit_nicovideo 2005年5月29日 東京 芝2400m ディープインパクト 3 18 武豊 2:23.3
第71回exit_nicovideo 2004年5月30日 東京 芝2400m キングカメハメハ 3 18 安藤勝己 2:23.3
第70回exit_nicovideo 2003年6月1日 東京 芝2400m ネオユニヴァース 3 18 M.デムーロ 2:28.5
第69回exit_nicovideo 2002年5月26日 東京 芝2400m タニノギムレット 3 18 武豊 2:26.2
第68回exit_nicovideo 2001年5月27日 東京 芝2400m ジャングルポケット 3 18 角田晃一 2:27.0
第67回exit_nicovideo 2000年5月28日 東京 芝2400m アグネスフライト 3 18 河内洋 2:26.2
第66回exit_nicovideo 1999年6月6日 東京 芝2400m アドマイヤベガ 3 18 武豊 2:25.3
第65回exit_nicovideo 1998年6月7日 東京 芝2400m 稍重 スペシャルウィーク 3 18 武豊 2:25.8
第64回exit_nicovideo 1997年6月1日 東京 芝2400m サニーブライアン 3 17 大西直宏 2:25.9
第63回exit 1996年6月2日 東京 芝2400m フサイチコンコルド 3 17 藤田伸二 2:26.1
第62回exit_nicovideo 1995年5月28日 東京 芝2400m タヤスツヨシ 3 18 小島貞博 2:27.3
第61回exit 1994年5月29日 東京 芝2400m ナリタブライアン 3 18 南井克巳 2:25.7
第60回exit_nicovideo 1993年5月30日 東京 芝2400m ウイニングチケット 3 18 柴田政人 2:25.5
第59回exit_nicovideo 1992年5月31日 東京 芝2400m 稍重 ミホノブルボン 3 18 小島貞博 2:27.8
第58回exit_nicovideo 1991年5月26日 東京 芝2400m トウカイテイオー 3 20 安田 2:25.9
第57回exit_nicovideo 1990年5月27日 東京 芝2400m アイネスフウジン 3 22 中野栄治 2:25.3
第56回exit_nicovideo 1989年5月28日 東京 芝2400m ウィナーズサークル 3 24 郷原洋行 2:28.8
第55回exit_nicovideo 1988年5月29日 東京 芝2400m サクラチヨノオー 3 24 小島太 2:26.3
第54回exit_nicovideo 1987年5月31日 東京 芝2400m メリーナイス 3 24 根本康広 2:27.8
第53回exit_nicovideo 1986年5月25日 東京 芝2400m ダイナガリバー 3 23 増沢末夫 2:28.9
第52回exit 1985年5月26日 東京 芝2400m シリウスシンボリ 3 26 加藤和宏 2:31.0
第51回exit_nicovideo 1984年5月27日 東京 芝2400m シンボリルドルフ 3 21 岡部幸雄 2:29.3
第50回exit_nicovideo 1983年5月29日 東京 芝2400m ミスターシービー 3 21 吉永正人 2:29.5
第49回exit_nicovideo 1982年5月30日 東京 芝2400m バンブーアトラス 3 28 岩元市三 2:26.5
第48回exit_nicovideo 1981年5月31日 東京 芝2400m カツトップエース 3 28 大崎昭一 2:28.5
第47回exit_nicovideo 1980年5月25日 東京 芝2400m オペックホース 3 28 郷原洋行 2:27.8
第46回exit_nicovideo 1979年5月27日 東京 芝2400m カツラノハイセイコ 3 27 松本善登 2:27.3
第45回exit 1978年5月28日 東京 芝2400m サクラショウリ 3 21 小島太 2:27.8
第44回exit_nicovideo 1977年5月29日 東京 芝2400m ラッキールーラ 3 28 伊藤正徳 2:28.7
第43回exit_nicovideo 1976年5月30日 東京 芝2400m クライムカイザー 3 28 加賀武見 2:27.6
第42回exit_nicovideo 1975年5月25日 東京 芝2400m カブラヤオー 3 28 菅原泰夫 2:28.0
第41回exit 1974年5月26日 東京 芝2400m コーネルランサー 3 23 中島啓之 2:27.4
第40回exit_nicovideo 1973年5月27日 東京 芝2400m タケホープ 3 28 嶋田功 2:27.8
第39回exit_nicovideo 1972年7月9日 東京 芝2400m ロングエース 3 28 武邦彦 2:28.6
第38回exit_nicovideo 1971年6月13日 東京 芝2400m 稍重 ヒカルイマイ 3 28 田島良保 2:31.6
第37回exit 1970年5月24日 東京 芝2400m タニノムーティエ 3 22 安田伊佐 2:30.0
第36回exit_nicovideo 1969年5月25日 東京 芝2400m 不良 ダイシンボルガード 3 28 大崎昭一 2:35.1
第35回exit_nicovideo 1968年7月7日 東京 芝2400m 稍重 タニノハローモア 3 20 宮本 2:31.1
第34回exit_nicovideo 1967年5月14日 東京 芝2400m アサデンコウ 3 28 増沢末夫 2:30.9
第33回exit_nicovideo 1966年5月29日 東京 芝2400m テイトオー 3 28 清水久雄 2:31.1
第32回exit_nicovideo 1965年5月30日 東京 芝2400m 不良 キーストン 3 22 山本 2:37.5
第31回exit_nicovideo 1964年5月31日 東京 芝2400m シンザン 3 27 栗田 2:28.8
第30回exit_nicovideo 1963年5月26日 東京 芝2400m メイズイ 3 21 安重勝 2:28.7
第29回exit 1962年5月27日 東京 芝2400m フエアーウイン 3 32 高橋 2:31.2
第28回exit 1961年5月28日 東京 芝2400m ハクシヨウ 3 32 保田隆芳 2:30.2
第27回exit_nicovideo 1960年5月29日 東京 芝2400m コダマ 3 27 栗田 2:30.7
第26回exit 1959年5月24日 東京 芝2400m 不良 コマツヒカリ 3 25 古山 2:38 1/5
第25回exit 1958年5月25日 東京 芝2400m ダイゴホマレ 3 27 伊藤 2:31 1/5
第24回exit 1957年5月26日 東京 芝2400m ヒカルメイジ 3 20 蛯名五郎 2:31 0/5
第23回exit 1956年6月3日 東京 芝2400m ハクチカラ 3 27 保田隆芳 2:36 1/5
第22回exit 1955年5月29日 東京 芝2400m 不良 オートキツ 3 25 二本柳俊夫 2:36 3/5
第21回exit 1954年5月23日 東京 芝2400m 稍重 ゴールデンウエーブ 3 18 岩下密政 2:34 4/5
第20回exit_nicovideo 1953年5月24日 東京 芝2400m ボストニアン 3 33 蛯名五郎 2:34 3/5
第19回exit 1952年5月25日 東京 芝2400m クリハナ 3 31 八木沢勝美 2:31 4/5
第18回exit_nicovideo 1951年6月3日 東京 芝2400m トキノミノル 3 26 岩下密政 2:31 1/5
第17回exit 1950年6月11日 東京 芝2400m 不良 クモハナ 3 26 橋本 2:44 2/5
第16回exit 1949年6月5日 東京 芝2400m タチカゼ 3 23 近藤武夫 2:33 4/5
第15回exit 1948年6月6日 東京 芝2400m ハルオ 3 23 新屋幸吉 2:33 2/5
第14回exit 1947年6月8日 東京 芝2400m マツミドリ 3 24 田中康三 2:35 0/5
太平洋戦争により中止
第13回 1944年6月18日 東京 芝2400m カイソウ 3 18 橋本 2:39 1/5
第12回exit_nicovideo 1943年6月6日 東京 芝2400m クリフジ 3 25 前田長吉 2:31 4/5
第11回exit 1942年5月24日 東京 芝2400m ナミホマレ 3 17 佐藤邦雄 2:33 0/5
第10回exit 1941年5月18日 東京 芝2400m セントライト 3 16 小西喜蔵 2:40 1/5
第9回 1940年6月2日 東京 芝2400m イエリユウ 3 24 末吉 2:34 2/5
第8回exit_nicovideo 1939年5月28日 東京 芝2400m クモハタ 3 20 阿部太郎 2:36 1/5
第7回 1938年5月29日 東京 芝2400m スゲヌマ 3 14 中村 2:33 2/5
第6回exit 1937年4月29日 東京 芝2400m ヒサトモ 3 17 中島時一 2:33 3/5
第5回exit 1936年4月29日 東京 芝2400m 稍不 トクマサ 3 13 伊藤四郎 2:42 1/5
第4回 1935年4月29日 東京 芝2400m 不良 ガヴアナー 3 11 井川為男 2:42 1/5
第3回exit 1934年4月22日 東京 芝2400m 不良 フレーモア 3 10 大久保 2:45 2/5
第2回exit_nicovideo 1933年4月23日 東京 芝2400m 稍不 カブトヤマ 3 19 大久保 2:41 0/5
第1回exit_nicovideo 1932年4月24日 東京 芝2400m 不良 ワカタカ 3 19 函館孫作 2:45 2/5

第13回(1944年)は馬券発売もラジオ放送もなく観客も入れない検定競走として施行
第39回(1972年)馬インフルエン響により7月に延期開催
第87回(2020年)は新型コロナウイルス緊急事態宣響により無観客開催、馬は電・ネット投票に限定して発売

関連動画

関連静画

関連項目

八大競走
桜花賞 - 皐月賞 - 優駿牝馬 - 東京優駿 - 菊花賞 - 天皇賞(春) - 天皇賞(秋) - 有馬記念
同格とされた競走
ジャパンカップ
ジャパンカップ創設後に八大競走に準じるとされた競走
宝塚記念 - エリザベス女王杯
競馬テンプレート
中央競馬の世代別GI
五大クラシック
桜花賞 - 皐月賞 - 優駿牝馬 - 東京優駿 - 菊花賞
その他の世代別GI
2歳 朝日杯フューチュリティステークス - 阪神ジュベナイルフィリーズ - 
ホープフルステークス
3歳 NHKマイルカップ - 秋華賞
止・変更された競走
2歳 阪神3歳ステークス
3歳 ビクトリアカップ - エリザベス女王杯
競馬テンプレート

いよいよ、日本ダービーです。
この特別なレースを観に、
日曜日、ここに18万人の人が集まります。

出走するたち。関係者のみなさん。
おめでとうございます

をしないでください。
2400メーター、気持ちよく走りきってください。
出られなかったの分も、頑ってほしいと思います。

みなさん、応援してください。
では、28日、

東京競馬場
お会いしましょう!

JRA 1995年5月28日 第62回日本ダービーTVCMより〜


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